【日方磐神社秋季祭典】に参加しました(後編)

私が今年もっとも楽しみにしていたこと…それは、氏神様である日方磐(ひかたいわ)神社のお祭りです。加入した自治会は、ちょうど、6年に一度まわってくる「お祭りの年番」の年でした。初めて参加したお祭りの貴重な体験、そして自治会に入った初めての年の様子を記します。
【前編】はこちら
宵祭り当日は、朝、神社の境内に集合して全員で参拝することから始まりました。部ごとの準備を終えてから、出陣式と集合写真。このときには法被に加えて鉢巻と三尺帯もつけました。
私が入居した古民家の蔵にも、古い古い時代の、この集合写真が何枚も残されていたので、その歴史の流れに自分も入ると思うと…ご近所さんたちとひな段に整列するだけでも、嬉しさが溢れてしまいました。

太鼓を叩いて、掛け声をかけて、ラッパと花火が鳴って、いざ出陣!
手作りの子ども神輿に続いて、大人たちは御幣を持って「わっしょい」。集会所から神社まで練り歩きます。この日は、強い雨が降ったり止んだりのお天気。休憩ポイントのお宅のガレージで雨宿りをさせてもらった時に、ワインの振舞いをいただいたのには驚きました。



神社に着いてからは、大三国を櫓(やぐら)に引っ張り上げる大切な作業。そして獅子舞と子どもたちによる獅子迎えの舞。おかめとひょっとこも登場しました。

そしていよいよ、打ち上げ花火。私はアナウンス席に座って、花火の種類と名前、寄付者の名前を読み上げます。精いっぱい落ち着いた声で読みますが、内心は大興奮。ご近所さんたちの応援のおかげで上がった尺玉に、私は感無量でした。打ち上げに合わせて吹いてくれる消防団のラッパ隊にも、気持ちが上がります。

ちなみに、花火の種類は「8寸、尺玉、追打ち…」のように読み上げるのですが、この追打ちの仕方にも季節感があるのだそう。夏は連打することで華やかに、秋は適度な間を持たせるのが“秋らしい風情”だそう。そんな粋な花火の楽しみ方があるとは知りませんでした!

お祭りのクライマックスは庭花火。綱火で始まる初三国、三国、そしてみんなで火薬を詰めた大三国一。大筒から滝のように降る火の粉は、四季を表現していて、火薬の配合によって彩が変化します。
法被を着た氏子は、玉箱や御幣を持って花火の火の中で競います。大筒から噴出する火の粉には、神様が宿るといわれ、その火の粉を被ることで、厄を払い、悪疫退散を願うというもの。
男の人たちに混ざって、私も競いました。火傷をする覚悟で臨みますが、自ら火の粉に飛び込んでいく時の興奮と気持ちよさ! 地区のみなさんと一緒に競う一体感!6年に一度のお祭りの醍醐味を十二分に楽しむことができました。



お祭りの行事は、翌日の片付けと慰労会まで続きます。慰労会では、綱火の的の駒や大三国の木札などの競りもあり、盛り上がりました。私も、パートナーが筆書きした駒を一つ競り落とし、初めてのお祭りの記念にしました。
自治会に加入して、地区行事やお祭りに参加する、ということは移住者にとって負荷が大きくネガティブな印象、という話も多いと聞きますが、日々の暮らしを大切にしたいと思って古民家に入居した私にとって、地域の方々に受け入れてもらうことは重要度が高いことでした。この点、入居した年がお祭りの年番だったことは幸運でした。準備や度々ある慰労会でみなさんと仲良くなれて、少しずつ、馴染んでいけているかなぁと思います。
地域のみなさんが郷土愛に溢れていること、移住者に対しても好奇心を持って暖かく受け入れてくれることがわかり、私はとっても嬉しく思っています。

また、氏神様のお祭りを運営する、という点では、宗教でも信仰心でもなく、安心して暮らしていくために地域の一体感を作るベースになる行事なんだなぁと感じています。先人や先輩方を大切にしないとできないことでもあるし、お祭りを楽しむために個々人の力を出し合うことは、“匿名性”に重きが置かれる都市部での生活ではできない体験でした。
実は、次の年番のサイクルから、お祭りの規模を継続するのか、どの程度縮小するのか、という議論も並行してなされています。奇祭だけに、負荷が大きいことは確かです。そんな議論の中でも、世帯数の少ないこの地区は、伝統的なやり方をなるべく残していきたい考えが多い様子。6年後も、さらにその先も、地域のみなさんと共にお祭りを心から楽しめますように!
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